写真館で残す事ができた、頑固で無愛想な父の、唯一の笑顔の姿

私の父は、頑固で、とにかく無愛想でした。物心ついた頃から父の笑顔どころか、表情の変化を殆ど見た事がなく、精々、不機嫌かどうかという表情しか分かりませんでした。しかも、行儀作法のしつけ等で私に色々叱る事はありましたが、それ以外では特に構ってもらえず、子育ては妻である母に任せっきり、という感じだったと思います。

幼い頃の私は、「パパはなんでいつも笑わないの?」とよく母に聞いていました。聞く度に母はいつも、「パパはアナタの前ではずっとかっこいい姿しか見せたくないのよ」、と笑って答えていました。私は「笑わない事がカッコイイとは思わないけどなぁ」と腑に落ちませんでしたが、ニコニコと笑って答える母を相手にすると、うまくあしらわれてしまいました。

その後、時間が流れ、私は成長していき、小学生が中学生、高校生、大学生、大学を卒業して就職…そして、就職した職場で今の旦那に出会い、めでたく結婚する事に。当時、旦那が私の父に初めての挨拶をした時、とても緊張していたのを覚えています。私は一人娘でしたし、私の父は家族以外の人に対しても同じような態度だったので、怒られないか、ずっとそれだけで頭がいっぱいだったようです…。(笑)

実際には特に問題なく、「お前が決めた男と好きに結婚すればいい。」と、ちょっと素っ気なく許しがもらえました。結婚式では、母は感動のあまり涙を流していましたが、父はやはりいつも通りで、終始ムスっとしていました。流石にその時は、「実は怒っているのかな?」と思ったのですが、母に聞くと「お父さん、うれしくてどんな表情したらいいのか分からないだけなのよ。」と言われ、なんだかなぁ、と苦笑いしてしまいました。

そして、結婚式から三年が過ぎ、私達夫婦の間に待望の長男が誕生。初孫ができても、父の態度はやっぱり同じでした。孫可愛さに父の表情が緩むかも!?な~んて考えていたのですが…。流石にここまでくると、父の態度に変化に希望はなく、諦めかけていました。

ところが、息子が3歳になった時の事。たまたま、11月に実家に遊びに行った時、実家の近くの写真館で、七五三の記念写真のフェアをやっていました。そのフェアを知った私は、豪華な着物を着た息子の写真を撮りたくなり、父に車を運転してもらい、息子を写真館に連れていきました。写真館に到着し、早速、綺麗な着物を着て写真撮影…と思いきや、息子は機嫌が悪く大泣き。私や写真館のスタッフの方で宥めても全然ダメ。見かねた父が「男の子が泣いちゃかっこ悪いぞ~」と言うと、息子の思わぬ一言。

「おじじの顔が怖い~!」

これに私は思わず噴き出し、父は焦ってたじたじ!そして、あの父が「こうか?これなら怖くないか~?」と、慌てて作り笑いの笑顔で息子をあやし始めたのです!普段ムスッとしていた分、効果があったのか、息子の大泣きがおさまりました。改めて撮影をしようと父が離れようとすると…。「おじじ離れちゃヤダ~!」と、また息子が大泣き。結局、父と私が息子をあやしながら、一緒に写真撮影されることに。こうして、ちょっと慣れない笑顔の父も写った、初めての七五三写真が出来上がったのです。

その1年後、父は病気で他界しました。ですから、その七五三写真が、最初で最後の父の笑顔の写真となってしまいました。でも、綺麗に出来上がった写真を見る度、「父はこんな風に笑える人だったんだ」と、その時の事を鮮明に思い出して、つい顔が緩んでしまいます。あの時、写真館に行って本当に良かったな、と思います。